日記・コラム・つぶやき

2011年6月 4日 (土)

星より昻く

前作「紅い華のデジャヴュー」を観てすっかり気に入っている演劇集団東京ストーリーテラーの
6月公演「星より昻く」を早速初日に観に行った。
案内にも書かれている通り、確かにベタのラブストーリーであった。
しかし、相変わらず展開に無駄がなく、感情移入するポイントがうまく配分されていて
普通に面白く楽しめる舞台だった。
演者さん達も、しっかりと役を消化していて、ちゃんと役の中の人であり続けていてくれるので、
安心して観ていられた。
小さい劇場の芝居の場合、距離感が近すぎるため、どうしても本来の役どころとは、また別の面が
目に付きやすいものだが、それを感じさせない為にはかなり洗練された演技が必要になることだと
おもう。

舞台の上は、別世界で無くてはならないし、同様に映画のスクリーンも仮想の世界でなくては
ならない。その昔、銀幕のスターと言う言葉が使われたのも、普通の世界とは別の世界がそこに
あるのだという、証だ。
それ故、映像でもドキュメントの場合は、なるべくそのままの景色を、素直に記録し、忠実に
再現することが求められるが、映画では敢えて映画らしいトーンで雰囲気を重視した絵作りが
行われる。時々メイキング時の映像を見て、その絵のルックの違いに驚くこともある。

舞台の場合、劇場が小さいとごまかしが効かず、そのまま、目の前に普通に人がいて喋っている
ままになってしまう可能性もある。それを感じさせずに芝居として成立させる事も出来るのだと
教えてもらった。

2011年4月12日 (火)

小学生向け原発副教材DVDの配布中止 福島第一が登場

asahi.comの記事から
「小学生向け原発副教材DVDの配布中止 福島第一が登場」
http://www.asahi.com/national/update/0412/TKY201104120243.html
一部引用
〜終盤では「日本の原発は格納容器などに守られ、常に放射能も監視しているから安全だ」
と強調している。〜

最近、若い人とこの原発問題を話していると・・・
・原発は安全に作られている
・電気の恩恵に預かっていたのなら原発に文句を言うべきではない
との論調の人多いように感じていた。

なるほど、こういう教育の賜物なのかと理解出来る記事だった。

しかし、この震災で、非常に多くの人と真剣に原発の事や、被災された方々へ
何が出来るか?この後日本はどうするべきか?等々、非常に深く真剣に話す機会に
恵まれた。
原発の事も今まで日本人が「きっと平気でしょう」と、気楽に流していたから
こうなったのだと思う。真剣に議論し、どうすれば安全に使えるのか?それとも
無くす事が出来るのか?予め考えておけばここまでの事態にならずに済んだのでは
なかったかかと思われる。
そう言った意味で、悲惨な状況に置かれてはいるが、真剣に皆で将来を相談しあい
次の方向を模索していけるのなら、地に足のついた人たちが、人の事を想い、まじ
めに暮らす、地道で良い国に日本はなれるのではないかと思うし、そう期待したいし
自分も努力していきたい。

2011年3月14日 (月)

東北沖大震災について

想像を絶する巨大地震が発生した。

ここにあまり時事的な事を書くつもりはなかったが、どうにも腑に落ちず、
誰も見ていない、この場にこっそりと書いておく事にした。

とてつもない勢いの津波により、多くの方々の命が犠牲になった。
日本一という津波対策がされていた町でも、全く歯が立たず、壊滅的なダメージを
受けてしまった。
テレビでは連日、被災地での悲惨な状況が報道され、心が痛む。
多くの人たちが、「何か、してあげられる事はないか?」と、苛立ちを覚えているはずだ。
私自身も、何か出来る事が見つかり次第、出来る範囲の事をしていきたいと考えている。

この悲惨な状況、何よりも最大の想いは、「少しでも多くの人が助かって欲しい」
これに尽きると思われる。

しかし、しかしだ。
東電・政府・メディア のチームは、「節電!節電!」と叫び続ける。
救援活動が行われている地域では、とっくに電気は止まったままで、そこに電気が
必要な訳では無い。
極めて間接的には、全く関係がないとも言えないかも知れないが、救援活動と節電は
無関係な筈だ。
節電は、東電の無策から来る人災の結果出た話で、悲惨な天災の被害者救済とは
違う次元の話である。

現在の国民の関心事を整理すると
・被害に見舞われた地域の人たちが、一人でも多く助かりますように・・・
・とりあえずの自分の生活に於て、電気の使用に制限が有り、それがどう影響するのか?
この二つが大きな柱であるが、この二つは、事件のきっかけこそ同じではあるが、
本質的に別問題なはずだ。

詳しく確認すると
・福島の原発に対し2007年に、津波発生時の冷却機器の対策を講ずるようにと申し入れが
 あったが、無視されていた。
http://www.jcp-fukushima-pref.jp/seisaku/2007/20070724_02.html
・電力の需要と供給のバランスを見ると、冷房需要の多い真夏と違い、通常の節電と
 多方面の電力会社からの電力供給で間に合わせられる範疇と言われている。
・実際に行われようとして、行われなかった計画停電は、都市部の交通の混乱を招くのみと
 なってしまった。

となる。
百歩譲っても、東電に非が無いとは言い難い。
ここで国民が、計画停電をおとなしく受け入れ、節電に協力して、事無きを得られれば、
ホッとするのは、東電と政府と、東電から莫大な広告料を得ているマスコミである。
しかし、この問題について言及しようとすると、人の命が犠牲になった非常事態に無神経な
発言、と一括されてしまう。
勿論、節電を実行せず、急な停電などに見舞われることが望まれる訳でも無く、状況上やむを
得ない節電を行い、何とか余計な事態にならないよう務める事は必須である。
しかし、その節電の目的が、「被災地救援の為に真っ先に心がける事」の様に勘違いされている
状況は不気味にさえ見える。
「オール電化の家」などとはしゃいだCMを打ちまくっていたのは、どこの企業だったか?

果たして、「首都圏の人たちは一生懸命節電に務めています」と、被災地の人に胸を張って
言えるのだろうか?
被災地の人が求めているのは違う事の筈だ。
本当に無神経なのはどちらなのか?本当にすべき事は何か?良く考えて欲しいと痛感した。